思いつきの23時
うろ覚えなパスワードで入れてしまったから、びっくりした。
4年ぶりの更新だけれど、ブックマークの一番上に鎮座しているから、
ずっと忘れてはいなかった。
いつか書こうと思って、4年が経っていた。
書く時が来るのをずっと待っていた。
今が書きどきだとは全く思わない。
だって私は、明日の朝6:00に起きて空港に行かなければならない。
現在の時刻は23:52、もう7時間は寝れないな。
行き当たりばったりで、思いつきの行動力はなんだか年々
パワーアップしているように感じる。
そう、2024年の冬も、私は東京の街で生きている。
仕事を変えたり、親しい人が離れていったり、
引っ越したり、苗字が変わったり(これは予定)した。
限界まで働いて、スーパーの買い物すらできない思考力に陥ったり、
もう消えてしまいたいと心の底から思ったり、
したことも何度かあったけれど、気がつけば
今の私は随分図太くなったように感じる。
ちょっとのことでは傷つかないし、
仕事で自分の考えをしっかり言えるし、
批判と否定を切り分けられるし、
大抵の場所には一人で行けるし、
他人の目線や考えに興味がなくなった。
これは大人になったということなのか、
それとも東京で暮らすということの宿命なのだろうか。
たくさんの景色を見てきた、
たくさんの美味しいお店にいって、
たくさん旅をして、たくさんの絵を見て、
溺れるほどの本を読んで、浸るようにアニメを見た。
生き急いでいるな、と自分でも感じるが
だって仕方がない。
きっとあと数年もすれば、私は私ではなくなって
母親という名前で呼ばれるようになるのかもしれない。
はたまたそれが叶わなければ、世界一周をしてみたり
独立なんて考えちゃったりもするのかもしれない。
なんにせよ、いつだって時間はないし、
やりたいことと見たいものがこの世界には溢れているのだ。
なんだか、落ち着いて怖いくらいの毎日だ。
窓から見える、東京の街が好きだ。
憂鬱な朝も、仕事でぼんやりとした夜も、東京の街を見るだけで
私はここに生きているんだと
ここで頑張っていこうと思える。
綺麗なホテルや高層ビルからの景色よりも、
窓から見える東京の街が一番好きだ。
こんなことを書いてるのはきっと、
苦手な飛行機に1人で乗るのが怖いからなんだろう。
旅は好きだけど、元来超がつく心配性だ。
それでもどうして旅をするのかと言われたら、
旅に出て、ふと新宿駅に戻ってきたあの瞬間
たまらなく「帰ってきた」と感じるからかもしれない。
地元に悪き記憶しかない私にとって、
「帰ってきた」と思える場所は
大学の頃からずっと、新宿駅だけなのだ。
新宿駅南口に降り立ったあの瞬間、私は東京の街に暮らしていると、
誰でもない誰かにここに存在することを許されていると、
感じられるのだろう。
まずい、もっと書くことはあったと思うのだけれど、
そろそろ寝ようと思う。
明日の起床時間が6:30ではなく5:00だったようだ
今になって調べたのがバカだった
だけどこんなところも含めて、今はたまらなく
自分とこの毎日が愛おしいのだ
気がつけばもうずっと、ハッピーエンドが大好きで
ハッピーエンドの中にいたのかもしれない
そんな日でした
誰にも
気がついたら前の更新から2年が経っていて
誰にも知られることのない、細やかで密かなこのブログは
私自身の記憶の中からも薄れていた。
昨晩、ふと思い返し読んでみたところ
案外いいことあいてあるね、昔の私って大人だなとか
満たされた気持ちになったので、ゆるくまた書いてみようと思う。
色々なことがあった2年だった。
引っ越しをした、社会人になった、
一人旅ができるようになった、観た映画は1000を超えた、
何度も恋をした。
「きっと半年も続かないよ」と言われた、
全く興味のなかったゲームを作る仕事も、2年目になった。
ちゃんと仕事として、文章を書くことは、続けている。
しつこいくらい優しくて、諦めさせてくれない人たちに出会い
ハッピーエンドを信じられなかった私は、
幸せな結末の映画を好むようになった。
今、幸せの中にいる自分がたまらなく好きだ。
誰にも言えずに泣く日だって、たくさんある。
悔しくて怒りが止まらない日ばかりだ。
自分を信じられなくて心から嫌いになることもある。
捨てたいものばかりで、でも手放したくないものばかりの毎日で
情けなくて笑えてくる。
それでも幸せだと言えるのは、
24年間諦めずに52Hzの声を発してきた私の努力のおかげなのだと
胸を張って言える。
きっと大丈夫、いつかまた深い夜に落ちても
温かいミルクを入れて、ふかふかの布団に潜ることが私にはできる。
夜が明けるまで話を聞いてくれる人たちがいる。
2年後、ひょっとしたら半年後には
今隣に居る人たちがいなくなっているかもしれない。
私自身が世界から消えているかもしれない。
それでも、私の映画はハッピーエンドだから大丈夫。
有名になれなくても、誰に知られなくても
ささやかで幸福なこの日々が、この私が続いていきますように。
そんな日でした。
秋
秋の匂い。
急に肌寒くなって
バイトが終わって出た外が暗くて
長袖の服は可愛くて
街の色は綺麗で
これから控えるクリスマスや大晦日にワクワクして
何をしていてもときめく秋。
季節の匂いに敏感でいたい。
せっかく日本には季節があって色があるんだもん。
大好きだったあの人は秋の匂いが好きで
勧めてくれたたくさんの映画や音楽は
私の大好きなものになって
3年前欲しかった全てのものは手に入れた
持っていないものはひとつもない
だけど、人の心はどんなに努力したって手に入らないんだということもこの3年で学んだ
まあもう、過去の話なんだけどね。
私は今の恋を生きるし
この先きっともう会うことも無いけど
どこかで誰かと幸せでいて欲しい
どうか寒くなるこれからの季節、暖かい布団の中で眠って欲しい
眠れない夜は映画を見て暖かいミルクを飲めばいい
泣きたい日もあるけど、あなたならきっと大丈夫
私は嫌な女だから
好きだった人や付き合った人の幸せを願えない
私が幸せに優雅に生きるのを見て
彼は静かに絶望すればいいと思うのだ
でもどうか、あの人だけは幸せでいて
いつか人生が終わるその日まで笑っていて
あとできればあの関西弁はずっと変わらないでね
温かい人に囲まれますように
私はそばにはいれないけれど
秋の匂いを嗅ぐとどうしても思い出してしまう
もう、好きじゃないけどね。
匂いってすごいな季節ってすごいな
残酷だな
だけど季節のある国でよかった
季節の匂いに気づける私でよかった
だって思い出す素敵な記憶がこれからももっと増えていくからね
そんな日でした
Gmail
気づけばブログを始めてから1年以上が経過し、
ハッピーエンドを信じられない私から1年が経ったことを、Gmailに教えられた。そして一年前の自分にたくさんのことを気付かされた。
2018年夏、私は東京の街で生きている。
1年間は早かったが、色んなことがあった。
だけど、1年間は日常の積み重ねだった。
むやみやたらに交友関係を広げていた3年前の私に比べると、ずいぶん狭い世界で生きているように感じる。
会う人達は基本的に変わらないし、あまり増やそうとも思わない。何か遠くへ行くより、着実に毎日を過ごしたい。
1年間の中で2回、起き上がることも食べることも出来ず部屋の中で泣きながら眠る日々が続くことがあった。
1度は就活と失恋、もう一度はたぶん過労。
このまま暗いところに落ちてくのかなあと思って
このまま死んでしまおうかなんて少し思って
実家に出戻りしようかなあとか思ったりして
眠って起きていくうちに結局私はまた、外の世界へでていく。
やっぱり私は、ハッピーエンドが嫌いだし、ハッピーエンドが信じられない。
でも、ハッピーエンドも悪くないかなって思えてきた。だって、ハッピーエンドの中にもちゃんと、悲しみも絶望も寂寞もあるんでしょう。
消えてしまいたい夜も、寂しい夜も超えた先にあるのがハッピーエンドなんだと思う。
そしたら私はもうやっぱり、ハッピーエンドの中にいるんだな。
この先の一年も、いろんなことがある日常を積み重ねていって少しずつハッピーエンドに近づいていくんだろう。
そんな日でした。
大学生活の備忘録
1年春
熱の出た入学式
初めて行った友達の家で聞いた彼氏の話
今は他人となった彼女と彼
行くつもりのないコンパの約束
未成年飲酒をツイートするモラルのない友達
咳の止まらない雨の日
美味しくないのに通い続けた学食
はじめての終電
23:00に見えた穴八幡宮の交差点
生協のうさんくさい本
GWに溢れかえる新歓報告のツイート
憧れのサークルの説明会
終電を恨んだ日
肩を組んで歌った紺碧の空
六本木の長いエスカレーター
うまく塗れなかった水色のネイル
マグリット展
夜の大隈講堂
1年夏
好きな人といった三越前のスターバックス
閉店ですと声を変える店員さん
真っ黒な日本橋の川
真夜中の電話
気だるい朝のベッドとタオルケットと日焼け止めの匂い
隅田川の花火大会
カラオケオール
行けなかった納涼船
神宮外苑の花火
仙台駅で聞いたユニゾンスクエアガーデン
男友達と食べたピザ
美しくない湖
何も信じられない時に食べたサーモン
真夜中の電話
1年秋
孤独
切りすぎた前髪
憧れていたベレー帽は似合わなかった
タイムズスクエアガーデン
夜の吉祥寺では何もしなかった
1年冬
死にたくなった小田急線
いつまでも開かない町田の踏切
理工キャンパスでうずくまった日
誰かの救いを信じて聞いた憂、燦々
江ノ島で見た猫
好きだったアーティストのライブ
二年前と同じ津田沼のあの匂い
神田川の桜は全く綺麗じゃなかった
アールグレイ
秋の夜長というのは本当で
私は毎日とてつもなく幸せな夜を過ごしている。
寂しさを理由に誰かと必要以上に一緒に居ることをやめてから
毎日がとても幸せに穏やかになった。
学校に行く、サークルに行く、アルバイトをする。
毎日帰りにTSUTAYAに寄って棚の前で借りたい映画を探す。
頬を綻ばせながら借りたDVDと共に店を出る。
帰り道のスーパーで豆腐とかサラダとかを買って帰る。
家に帰って簡単なものを食べながら音楽を聴く。
お皿を洗った後にDVDを見てゆっくりして
そのまま寝てしまうこともあればシャワーを浴びたり
洋楽聞きながら勉強してみたり
紅茶を入れてみたり、日記を書いてみたり、電話をしてみたり
朝はアラームで起きればご飯を食べて身支度をして
最後には慌てて家を出る。
こんな私の生活は
どこの物語にも映画にもならないけど
どこを切り取っても幸福だと今言える。
変化のない日常の中には沢山の多幸感があるのだと
最近観たパターソンという映画で知った。
家賃を払えなくなれば実家に戻されるし
卒業後も暮らせるお金を貯めなければ戻されるし
少し大変だけど。たまに寂しいけど。
頑張るから、いろんなこと。
この今がいつまでも続けばいいと思う。
こうしているうちに、段々自分の好きなものや人や
やりたい仕事や会社もすごく形を持ってきて
私が21年間避けてきた一人の時間とは
こんなにも大事なんだなと気づかされた、
そんな日でした。